大晦日の嫁必見! 旦那の実家で辛いのはあなただけじゃない!

季節のイベント

 

私がこの家に嫁いできて、
早や30年と数年。

 

いろんなことがありました。

 

今は走馬灯のように
思いを巡らせているところです。

 

喧嘩もしたし、
悔しくて一人泣いた事もありました。

 

けれども今思えば、その時、その場に
その人たちがいたからこそ、
そんなことも経験出来たのだと思います。

 

今はもう、あんなに面倒くさかった
4人の親も亡くなりました。

 

ちょっと複雑な心境でございます。

 

嫁は大変!大晦日

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私たち家族は、まだ子供達が小さい頃は
実家から車で20分程の
社宅に住んでいました。

 

私にとって、嫁ぎ先の両親である
舅姑(今では義理親?)と
同じ空間に立つ時が
やはり頑張り時だったのではないでしょうか。

 

みなさんはそうじゃないかもしれないけど、
私にとって舅姑の存在はかなり大きく
(目障りともいう)、
「○○さん、あなたは一体どこの嫁ですか?」
(○○には私の名前が入る)
などと言われ、
「○○さん、お父さん、お母さんが
恥ずかしくないよう、きちんとなさい」
と、しょっちゅう言われていたのを
思い出しました。

 

決してだらしなくはなかったとは思いますが、
姑たちと一緒にいる時には
きちんとしなければならないと
インプットされてしまいました。

 

どこに出しても恥ずかしくない嫁を目指せ
みたいな感じでしたから。

 

お正月などは特に、
普段いらっしゃらないお客様などがみえて、
お腹の大きい時から、
精一杯出来ること以上のことを
してきたように思います。

 

やはり一年のメインイベントであるお正月、
新年の儀 というものから始まります。

 

なにやら大層なことが行われるという感じですが、
なんのことはない、
座敷で家族全員集まり、12時ごろ、
お屠蘇とお雑煮を頂くというだけのもの。

 

最初の年は、なんだろう?って
とても構えてしまいましたが、
1度やったら、なんでこんなに
オオゴトにしちゃうのかなと
思ってしまいました。

 

けれどもココに来るまでが
ものすごく大変なのですよ。

 

姑がおせちを買うというので、
結婚一年目は買ってもらいました。

 

ですが、そうすると、
夫の仕事納めの次の日には
夫の実家に行かなければならないのです。

 

私は天秤にかけました、
夫の実家で4日も5日も過ごすのと、
おせちを作る事とを・・・。

 

結論は、社宅でおせちを作って、
大晦日の夕方に持っていくようにしたのです。

 

家ではクリスマスが終わったあたりから、
食材を少しずつ買い回り、
28日位からは仕込みに入るので、
とても忙しいのは忙しいのですが、
実家に泊まらなくていい!
それだけのために
その1週間はおせち料理の為だけに
何かをしているような毎日でした。

 

雑煮の昆布とスルメを切る係は
舅だったらしくて、
大晦日の真夜中に切っていたのですが、
(段取りがものすごく悪くて、
イライラしていましたけど、
姑が夫である舅に言って
やらせている事ですので、口には出せずに)
舅たちより早く寝るわけにもいかず、
下手をすると午前2時過ぎまで
起きていなくちゃならない有様でした。

 

 

結婚して5年も経つと、
おせちと雑煮両方準備して
行くようになりました。

 

もちろん、お餅も
姑こだわりのお店に買いに行き、
きちんと雑煮の具材も7種類、数を揃えて、
何のケチも付けられないようにして・・・。

 

そのうち、お正月のしめ縄、
仏壇と玄関のお花、神棚の榊、お屠蘇まで、
全部買い揃えて
持って行くようになってしまいました。

 

それを姑たちはあたり前のように受け取り、
一言、
「先祖さまが喜んでいらっしゃる」
とだけ言っていましたっけ。

 

あぁ、そういえば、
「福の神様がやってきた」とも
言われた事がありましたわね。

 

そんなこんなでお正月

とにかく遅寝遅起きのお二人さまでしたので、
朝はそんなに緊張せずして寝ていられました。

 

ですが、お二人さまが起きて来る前には起きて、
お雑煮を温めおせちを盛り、
神様仏様にお供えするのですが、
また普段使わないような食器を出して
洗って使わなくてはなりません。

 

なぜこの器に雑煮?と思うような
蓋付の陶器に足がついているような物に
いれるのです。

 

おせちも仏様専用の器たちに盛り付け、
お茶とお水と・・・といった感じで
お供えをします。

 

皆が起きてきたころには
全部おせちの品を一人分ずつ盛りつけし、
お雑煮の準備をして、
座敷にお屠蘇とお雑煮を持って行き、
舅の新年の挨拶を皆で神妙な顔で聞いて
黙ってお屠蘇を頂くというのが
新年のスタートでした。

 

娘は姑のえびを全部貰い、
(さすがに舅には頂戴とは言えなくて)
お二人さまから「エビ女」と
呼ばれた事もありました。

 

あんなに人様のものを欲しがらないようにと、
食べたいといったモノはイヤというほど
食べさせて育てて来たのに、
見事、娘はその期待を裏切ってくれたのが、
娘が4才の頃だったと思います。

 

エビの殻のてんこ盛りを前に、
ピースしている証拠写真がありますのでね、
全ては記念ですよ、いい思い出です。

 

お二人さまがこの世を去られて
10年ほどになりますが、
お二人さまのことを、
中々憎めない人たちだ
と言ったのは私の実家の母でした。

 

そう、面倒くさい人たちではあったけど、
嫌いにはなれなかったのです。

 

いろいろ嫌なことも言われて、
今、私も姑になって、
同じような言葉を発しようとするけど、
「待て待て、それを言ったらあなたの姑と一緒よ」
と自分を諌めることができるようになりました。

 

お嫁ちゃんに、こんなこと言ったら嫌われる、
こんなことしたら嫌がられるということを
体を張って姑は私に教えてくれたのです。

 

本当にありがとうございます、ですよ。
お姑さまさまです。

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